厭離穢土・欣求浄土

今年、徳川家康公徳川家康公がお亡くなりなられてから400年目という

節目の年です。徳川家康が生まれた岡崎市をはじめ、ゆかりのある

浜松市や静岡市も「家康公四百年祭」と称して各種行事を

開催していますが、徳川家康のご先祖発祥の地である豊田市も

商工会議所が中心になって官民一体で「家康公四百年祭」の

各種行事を開催しています。

徳川家康の旗印はご存じ葵のご紋ですが、馬印は

厭離穢土・欣求浄土 おんりえど・ごんぐじょうど」

という言葉を用いていました。

これは桶狭間の戦いで今川義元討死の後、菩提寺である三河国大樹寺へ

と逃げ隠れた時、これからの行く末を悲観した家康は松平家の墓前で

自害を試みるが、13代住職の登誉が「厭離穢土欣求浄土」と説き、

切腹を思いとどまらせたと言われています。

言葉の意味は戦国の世は、誰もが自己の欲望のために戦いをして

いるから、国土が穢れきっている。

その穢土を厭い離れ、永遠に平和な浄土をねがい求めるならば、

必ず仏の加護を得て事を成すということです。




徳川家康が馬印に使ったこの言葉は歴史上でも大変有名に

なりましたが、そもそも仏教用語であり、浄土教の用語なのです。

この娑婆世界を「穢れた国土」として、それを厭い離れるという意味

であり、阿弥陀如来の極楽世界は清浄な国土であるから、

そこへの往生を切望するという意味です。

穢れたこの世からきれいなあの世に行きたいという極楽浄土への

憧れを促す言葉であり、多くの人が自分の死後の平安を願って

浄土教の教えに共感をしたのです。




このことが書いてある書物が源信というお坊さんが書いた

『往生要集』(985年)という書物です。

往生要集という書物は仏教においてとても重要な書物です。

なぜならば、あの世への行き方が明文化された唯一の書物であり、

阿弥陀如来様が支配する浄土にいくには

「南無阿弥陀仏」と唱えること

と言う基本理念を持った浄土宗、そしてさらに進化した浄土真宗

という宗派が生まれて行ったのです。


死の向こうにある世界観が各種宗教であると行っても過言ではない

くらい死後の世界観を表現するのはとても大切なことであり、

理想を求めることが前向きに生きることの活力に繋がっていくのです。




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三浦 直樹

株式会社 FUNE (フューネ)代表取締役

1975年、愛知県豊田市生まれ。
2005年、株式会社FUNE (フューネ) の代表取締役に就任。
(株式会社ミウラ葬祭センターが社名変更)
2代目社長として経営回復、葬祭関連事業の 拡大を図る。
2024年、創業70周年を迎える。

代表就任以来「感動葬儀。」をテーマに掲げ、サービスの向上に努めた結果、2011年には週刊ダイヤモンド誌調査による「葬儀社350 社納得度ランキング (2月14日発売)」で全国第1位に。

一方、 葬祭業者のための専門学校「フューネ クリエイトアカデミー」を設立するなど、葬祭の在り方からサービスに至るまで、同業他社への発信を続ける。

終活のプロ、 経営コンサ ルタントとしても全国で講演多数。
著書に『感動葬儀。 心得箇条』(現代書林)、『間違いだらけの終活』(幻冬舎)、『2代目葬儀社社長が教える絶対に会社を潰さない事業承継のイロハ 代替わりは社長の終活』(現代書林)がある。

●好きな食べ物:和牛
●嫌いなもの:イクラ・泡盛


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